親世代上司と相いれないゆとり世代の考え方
どうも。
上司と面談するたびに
「お言葉を返すようですが」
と以前放送していた某ドラマのような返し文句を言い放っている生意気部下のke-.です。
さて、そんな私は平成1年生まれ。ゆとりど真ん中世代。
今までの人生で何回言い放ったことか。
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好きでゆとりに生まれたんじゃないもん!
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そしてこれからあと何回この言い訳が通用するのか、、、
よく言われるんですよ。
なにかある度に「これだからゆとりは、、」って。
よかれと思って導入されたゆとり教育も、
今やただのバカの代名詞みたいになってしまいました。
いや、ただ私がバカだからなのかもしれない、、、
ゆとり教育自体は、私が小学生高学年~中学生の時に始まりました。
学生の頃は、親の英才教育のもと、毎日勉強付けの日々で心に余裕もなく、
放課後には習い事に追われて、、、なんてことは微塵もなく、
自由奔放な家庭でそこそこ勉強しながらのびのび生きていたので、
当時ゆとり教育が導入された時も「へー、休み増えるんか」くらいにしか感じてませんでした。
導入されてからは、実際、勉強が楽になったと言う印象も無かったけど、
なんか「常識と思いやりのある人間になりなさい」的な教えの時間が増えたような気はします。
そんな、まさにゆとりの象徴とも言うべき年齢なわけですが、
今の会社に入ってからめちゃくちゃ思うことがひとつ!
「上司の考えまじ分かんない!!!!!!!!!!!」
自分に都合のいい会社は無いから、自分で会社に合わせなさい。とはよく聞くけれど、
こればかりは合わせられませんでした。
何がって言うと、
仕事の報酬に対する考え方。
上司:仕事をこなせばこなすほど報酬がついてくる。休日出勤も惜しまない。
私:どれほどの報酬が貰えるかによって、仕事をどの程度こなすか(モチベーション)が変わる。休日出勤なぞ意味わからん。休息命。
これ文字面だけ見たら私甘ったれなのか。笑
でも、今の若い世代は後者の考え方の方が多いのではなかろうか?
上司は50代半ばの元バリバリのスーパー営業マン。
独りで年間数千万単位で稼いでいた人です。経験もあれば、自負もあると思います。
上司の言ってることも分からないわけではないんです。
しかし、今私が働いている元スーパー営業マン上司がつくったこの会社は固定給制。
月々のインセンティブがあるわけではありません。
日々の頑張りが年2回のボーナスに反映されたとて、数万円程度しか変わらない給与体制。
そして基本給も23区内だが安い。。同業他社の中でも安い。。。
昇給基準は就業規則として明記されているものの、ほとんど上司の好みと気分次第とうことが後々判明。
この条件の中で、「頑張れば報酬がついてくる」と言われたところで、ついていく気にはなりませんでした。
私の周りの友人にも話を聞いたのですが、この親世代上司にはいくつか共通することが。
- 自分の頃のやり方が一番正しいと思っている
- 「新しい風を入れたい」と言う上司に限って、新しい風を入れると出る杭は叩きのめすかの如く打ち返してくる(自分の意の範疇での新しい風を求めている)
- 人を育てようという気はなく、自ら育ってくる人と仕事がしたい
- 話し合いをすると論点がずれていき、話し合いにならない
もちろん親世代全員に当てはまるわけではないです。尊敬すべき方もいらっしゃいます。
しかし私の周りでは圧倒的にこのパターンが多かった。。。
やはり、親世代はサービス残業・休日返上当たり前の時代。
そこで地位を築き上げてきた方々。
根本的な基盤が今と違う。
それに加え私の会社は給与体制も良いわけではないから、そんな給与のところに良い人材が集まるわけもなく。
私含め「業界未経験歓迎!」の求人で入ってきた人材を会社は育てることはなく、結果実力不足で扱われ、給与も上がらず、最終的に辞めていってしまう負のループ。
その負のループに例に漏れず乗っかった私。
昔の就活は「会社が人を選ぶ時代」
今の就活は「人が会社を選ぶ時代」
少なからずこのゆとり世代の心を受け入れる度量と、
現代の価値観に対応した理念の改革が無ければ零細企業が生き残ることは今後もっと難しくなるのかな。
と自分で「お前何様だよ」と突っ込みながらも思いました。